はぐれ日記 印象派

音楽と空気と動き、あと雑記。妄執にとらわれて | https://twitter.com/nakano_in

イルカショーと赤い缶バッジ

お題「この色が好き」

 

イルカショーが始まる15分前に、僕らは席についていた。イルカの泳ぐ楕円形のプールを囲む半円の観客席に、真っ青なベンチが並んでいた。

僕らが座ったのは前から6列目くらい、中央から30度ほど左側。映画館で考えてもまずまず良い席に思えた。

最前列2列はオレンジ色のベンチで、みんな直感的に座るのを避けていた。まだ真夏には遠い梅雨入りの季節、水しぶきを浴びなくても十分な湿気を帯びた空気が辺りに充満していたし、その日は雨だった。

 

僕らはお互い、土曜日の午前中の部活を終えて、何となく水族館へ向かった。するりと落ち合い、いつも通り語らい、目的もなく海辺を歩いて行くと水族館へたどり着いていた。入館料は安くなかったが、季節限定のキャンペーンで半額だった。彼女が入ろうよ、と言い出し、僕も賛成した。細かい雨粒が身体にへばりつき、外にいることに嫌気がさしていた。

 

イルカが準備運動をする間、少しの沈黙が訪れて、僕は会話の糸口を探して、2人の間に置かられた彼女のカバンを眺めた。紺色の側面に、お気に入りのクマの人形が垂れていて、その脇にはいくつかバッジが差されていた。バッジ、集めてるの?と聞くと、彼女は「赤いのが好き」と答えた。僕はふーんと赤い缶バッジを人差し指で軽く弾いて、イルカの水槽の水面を眺めた。油絵の具が置かれたような光が瞬時に入れ替わり、違う位置から僕の目に届いた。その様子を見ていると、なぜだかとても悲しくなった。

 

軽やかな音楽や歓声は耳に届かず、いつの間にかショーは終わっていた。周りの観客は早々に席を立ち、係員がベンチの周りのゴミを片付けはじめる。灰色の雨雲はその色を変え、徐々に白色へと近づいていった。僕はしばらく、ベンチの端に座り続けた。