はぐれ日記 印象派

音楽と空気と動き、あと雑記。妄執にとらわれて | https://twitter.com/nakano_in

庭とプールの光

 

雨の色、暖色と寒色 #雨 #rain #梅雨 #water #色 #color #抽象

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庭の周りに立ち並ぶ木々の隙間に差し込む6月の太陽光は淡い黄緑色の直線で、視界を斜めに細分化する。目の前には大きいとも小さいとも言えるプール。腰に届くかどうかという深さの水が、深い青色と灰色の間に留まり、硬直する。光の揺らぎがほとんど生じない水の断面に生気はなく、涼しさが感じられる。

プールは父が趣味で作り上げたものだ。わたしが生まれる前に足掛け数年、自分で材料を買い集め、コンクリートを練りに練り、防水を施して水を注ぎ込んだ。その作業を写真で記録することも含めて、お金と時間をかけた一大プロジェクトだったはずだ。父は泳げないし、釣りもしなかった。さらにはアウトドアを好む性格でもなかった。そんな人間が、なぜ自分のプールを作る必要があったのかは、よくわからない。わたしが生まれてすぐに、祖母が亡くなり、父はすっかり無口になった。休みの日には庭が見える家の廊下に座り、プールの水面をじっと眺めていた。ほとんど動くことのない水の断面を、ただただずっと眺めていた。

プールの横で働き続けていた室外機が突然音を止め、上で寝ている黒猫がピクリと耳を立てる。すっかり本来の原色を失った、黄色と水色のプランターは空っぽで、自分の居場所を守ることだけに必死の様子だ。近くに咲く黄色い花は、そんなプランターには目もくれず太陽だけに気を取られている。

風が少し吹いてきて、水面が一方へ流されはじめる。光の反射が生まれ、無数の白い点となって現れては消える。水面の下は未だに静かだろうか。それとも、光を集めた藻や水草が、活発に手招きをして微生物を踊らせ、それを魚が追いかけているだろうか。潜って見なければわからない。黄緑色の太陽光だけが、水面を通り越してプールの底にたどり着いている。わたしの目に入る光の反射も、届いているだろうか。記憶が吹き溜まる心の奥底まで。

傾き出した太陽の光はわずかに力を弱め、視界の切り取り方を変えた。

猫と重力

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猫が飼いたい、と言い出したのは彼女の方だった。
わたしは今まで動物を飼ったことがない。いや、本当は飼ったことがあるが、道端で拾ったミドリガメや、学校で飼っていたメダカなど、ほとんど自分で世話をしない生き物が実家にいただけだ。彼らは文句も言わず、環境の悪化にも抗議の声をあげない。なにより、実家では愚痴を言いつつも母が世話をしてくれていた。
そんな生き物との付き合いしかしたことがないものだから、猫との付き合い方などわかるはずもない。彼らは頭が良さそうだし、夜行性のようだし、朝早くにエサをねだってきたり、家に遊びにきた友人を警戒して天井近くでシャーシャー鳴いたり、寝ようと思ってベッドに近づいたら先に布団の上で丸くなったりしているような、そんな自由気ままな傲慢さに満ちているに違いないのだ。
要は、わたしは猫のことを分かっておらず、その存在を警戒し、気後れしている。実家で飼われていたミドリガメを奪い去り、路上で転がして遊んでいたのが猫だったのだから、当然と言えば当然だ。

「知らないから嫌がっているだけでしょう」と彼女は半ば呆れながら指摘し、人差し指でズブズブとわたしの二の腕を刺してくる。痛い、でもその通りだった。
習うより慣れろ、と休日に猫カフェへやって来た。最近増えている業態のチェーン店で、予約をしないとなかなか入れないほどの人気らしい。予約は彼女がちゃっちゃと済ましていた。行こう、という話をしていると、わたしの端末に予約完了のメッセージが届くほどの手早さだった。
店内は20畳ほどの広さの空間に、猫が七匹、各々自由に遊んでいる。わたしたちは1番窓際奥の席で、店員が連れて来た猫を迎い入れた。
はじめに連れて来られたのは高級そうな黒い毛の猫。貴族のような見た目通りの気位が高い性格のようで、わたしの膝の上に置かれても、すぐにするりと抜け出して、日当たりの良い窓際に登り、外の景色を眺めだした。わたしは少しがっかりしたが、それはそれで絵になる様子だったので、彼女は喜んで写真を撮ったりしていた。
次に連れてこられたのは、人懐っこい白猫で、彼女の膝の上に乗っかり、釣竿状のオモチャに夢中になって、前脚を空振りしたりしている。お互い楽しそうであるし、彼女の「猫を飼うとこんなに幸せになりますよ」という、わたしへのアピールはここに極まった。わたしも少し気後れしながら、背中に触れたり、別の音が鳴るオモチャで気を引こうとするが、どうにも上手くいかない。何が気に入らないのか、白猫はわたしには目もくれない。わたしはすっかり除け者になって、机の上に置いてあるメニューを見たりしだした。
メニューはデジコード付きで、いくつか味見をしてみたが、限りなくレトルト食品に近い味がした。店員を呼んで、アイスコーヒーだけを注文する。

「よろしければ電子猫の方も見てみますか?」
退屈そうにしていたのがバレたのか、店員がメニューを指差しながら説明してくれた。
「最新モデルの電子ペットなら、重さや手触り、匂いも設定次第で感じられますし、動作なんかは、もう本物の猫と見分けがつかないくらいに精巧ですよ。」
孤独なわたしにはちょうど良い機会だと思って、早速デジコードから電子猫のサンプルをインストールする。最新モデルというだけのことはあって、データが重く、表示まで3分もかかった。その間、比較してみようと思い彼女の膝で遊んでいる白猫をじっくり観察する。何だか楽しみになってくる気持ちを抑える。今まで見た電子ペットは、紹介映像では素晴らしいリアリティを感じることができるのに、いざサンプルを見てみると、動きに若干の違和感があったり、手触りの再現が不完全でゴワゴワしたスポンジのような質感だったり、ひどいものだと空間から若干ずれて、床に足が入り込んだりしていたことを思い出す。期待し過ぎることは禁物だ。
表示されたサンプルの猫は、はじめに連れてこられた猫と同じような、いや、さらに艶やかな黒色の体毛。するりと優雅な動作でまず室内を見回す。耳がピクピクと動く。首を伸ばし、その場で一回りしながら、毛並みの良い尻尾をゆっくりと左右に揺らす。どの動作を見ても、見事なクオリティだった。一見すると、現実に猫が一匹、突然部屋に連れてこられて、警戒しながらもあたりの猫や人間に興味を示しているという感じ。わたしはその細部まで作り込まれたビジュアルに、すっかり関心してしまった。おいで、と声をかけて、指を前に出し電子猫の気を引こうとする。こちらに目を向けた猫は、ひたひたと近寄ってきたかと思うと、しゃんっ、と背を伸ばしてジャンプをし、わたしが座るソファの隣に飛び乗った。これはと思い、ゆっくり両手を差し出し、猫の両脇に手を入れる。嫌がっていない。慎重に猫を持ち上げる。両手、両腕、上半身に重みを感じる。そして滑らかな毛並みの感触。
「これ見て、すごいよ。電子猫」
わたしはすっかり興奮して、目の前の生身の猫に夢中の彼女に、半ば無理やりデータを共有する。はじめは猫との遊びを止められ迷惑そうな様子だったが、しばらくすると、彼女も電子猫のクオリティを褒めて遊びはじめ、生身の猫と電子猫を並べて写真を撮ろう、と悪戦苦闘している。
「ちょっと手伝って、黒い子を連れてきて。」
わたしは日当たりの良い窓際に移動し、はじめに寝転がった黒猫の横で横になろうとする電子猫を眺める。よし、この子を飼おう、そう決心した。その黒猫には、命の重さ、という言葉が当てはまるだけの、確かな重みを感じることができた。